2008年10月08日

サブプライムローンについて考えていたら…

サブプライムローンについて考えていたら、ふと、大学生の時に受け入れられなかった民法の条文の根拠が見えてきました。
簡単に言えば、大学の先生方がこぞって間違っている、ってことなのですが。

サブプライムローンで問題になるのが、ローンの滞納があったときに債権が第三者に渡ってしまっているということ。そして、「サブプライム問題とは何か」(宝島社新書)によれば、ローン締結の際に、契約書の上に物を置いて重要な部分を隠したり、場合によってはあとで書き加えたりしたとのこと。それでも、詐欺による損害は「善意の第三者」(注:「善意=事情を知らない」であって、他人のためにとかっていう意味ではありません)には対抗できない。法学部出身者の方なら、この本のこの部分を読んでも、せいぜい「アメリカもやっぱりそうなんだなぁ」って終わりだと思います。
ちなみに、これが問題になるのは、詐欺師が支払い能力を持たない場合。「危険負担」と言って、「関係者のうち、だれが貧乏くじを引くべきか?」ってことです。

この「詐欺の被害者は善意の第三者に対抗できない」、一見当たり前のようにも思えますが、実は「脅迫の被害者は善意の第三者に対抗できる」ってのがあります。
なぜ違うのか?
民法の教科書では、「詐欺については、被害者側にも過失がある」と言うのです。おかしいのが、法学部の教室では、みんなこれを疑うことなく受け入れるんですね。
もちろん、これは間違っているわけです。ただ、歴代のお偉い法学者がみんなそう言っているから、なんとなくそれを受け入れる。それが延々繰り返されている。「詐欺については、被害者側にも過失がある」の根拠が無いのです。逆に頭が悪くて高校に行けなかった格闘家が法律を作る世の中が来たとしたら、詐欺と脅迫は間違いなく入れ替わるでしょう。何のことは無い、法学者が自分に都合の良い法律を作っただけ、担ってしまうのです。
だから、今まで僕は「法学者と法学部での官僚とが手を組んで維持している権力闘争剥き出しの条文なのだ」と考えていました。
が。
今回のサブプライム問題で分かったのが、「脅迫の被害は被害者がすぐに気づくが、詐欺の被害は被害者が気づくまでにかなり時間がかかる場合がある」ということ。時間がかかると言うことは、関係者が増えるわけで、「その取引、遡って無かった事にするから!」(まぁ、無効ではないのでこの表現は正確ではないのですが)ってのは民法が重視する取引の安全を著しく損なうのでしょう。
そういう意味でなら、この違いは必要になってくるのかな、と思います。今回のサブプライムローンがローン作成時に遡って無効になる、となると、証券市場は大混乱するでしょう。


さて。
理由が分かると、「もっと良い条文は考えられないか?」となります。「詐欺師から直接買った人物第1代までは対抗できる」とか「1ヶ月以内なら対抗できる」とか。逆に「こういう場合は脅迫のときでも対抗できなくしても良いのではないか?」とか。


こういう風に考えていくと、輸入したものであるはずの西洋近代法体系に乗った法律の条文を改良していくことが出来ます。
逆に、現実には。日本が輸出した法律って少ないんじゃないかな、って思います。
理由は、教室でみんなが「いい子ちゃん」になっているからだと思うのです。
僕が大学に入って2ヶ月で抱いた「不能犯(絶対に成立しない犯罪/硫黄をコーヒーの中に入れて人を殺そうとするなど)は何で不処罰なの?」ってのに答えてくれた人は未だ居ません。「これから再度犯罪を犯すかもしれないってこと?」と聞いてくる人は居ましたけど。唯一「日本では成立しない行為は犯罪の実行行為として見ないからだよ」って言ってくれた友人は居ましたが、それが不能犯なので、「なぜ犯罪の実行行為として見ないのか」を説明しないと説明にならないわけです。
結局、みんな「分かった」と誤解して法学部の川に4年間流されているように見えました(流れに棹差す自分は、さっさと法律に見切りをつけました)。
やっぱり、深く分かっていない人が各種の試験で高得点を取っていける仕組みがおかしいと思うのだけど…。



ちなみに、これ、法律だけの問題ではないと思っています。
以前、ネット上の日記で「アインシュタインの相対性理論、間違っているんじゃないか?」って描いたとき、いわゆる「トンデモ学問」に嵌って行こうとしているんじゃないかって誤解されたのを何となく感じました。
が、そうではなくて「前提になっている光速度一定の法則」の更に前提になっている「マイケルソン・モーリーの実験」の各種条件を理解している人、どのくらい居るんでしょうか?ってのが僕のそもそもの疑問なのです。「教科書に載っている」「偉い先生が正しいって言ってた」ではなくて、「○○に実験の条件が載っている」ってのを知りたかったわけです。簡単に言えば、1)完全な真空状態だったのか? 2)エーテルの流れの中に居るのであれば既に影響を受けていないのか? 3)光速度一定の法則の反証条件は何か? など(まぁ、マイケルソン・モーリーの実験自体は光速度一定の法則を立証しようとしたわけではなく寧ろ期待値が出なかったことでこの法則につながって行ったわけですが)。割と街中の書店を回ってみたつもりですが、論文に書けるレベルで実験の条件が描かれている本を見つけることは出来ませんでした。(ちなみに、ネット上でも見つけられませんでした。)
それこそ、mixiなんかだと詳しい人が教えてくれるのかもしれないけど(物理学のコミュニティにも入っていますので)、ごく一部の人を除くと「偉い先生が否定していなくて、国定の教科書にもそう載っていたから正しいんだと思う」って感じで受け入れているように見えます。
そういう生き方をしたら、楽なんだろうなぁとは思うのですが、僕には性格上できないんですよねぇ。
それで法学部なのに法律の勉強を諦めているようでは社会不適応なんでしょうけど。
posted by ベドウィン・ピエロ at 23:08| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
不能犯の話は面白いですね。「なぜ犯罪の実行行為として見ないのか」という点、社会通念上危険であるとの結果が予期される場合は(いくらその行為では犯罪という行為は引き起こせなくても)未達罪として扱われてるんじゃないですか? たしかに硫黄を摂取しても人は死なないけど、それ以外に日本で不能犯の判例って出てるんでしょうか。

で、ベド氏の疑問に立ち返ると、不能犯の定義より、犯罪を犯そうとした意志を持つ人間を、なぜ罰しないのかと思っているように取れました。
そうであるなら、まず「いくら犯罪について考えても、実行しなければ罰せられることは無い」というところは了承していただけることと思います。
その上で、実際になんらかの行動は起こしたものの、『本人の意志とは無関係に』、結果発生の危険性が無いものは不能犯とし処罰しないとボーダーラインを定めたのではないでしょうか。

確認しますが、犯罪の構成要因は成した行為を見るのであって、行為ではない心理状態は見ないのですよね?
Posted by ヒサ at 2008年10月09日 20:40
>ヒサさん
コメント、ありがとうございます。
まず、「犯罪を犯そうとした意志を持つ人間を、なぜ罰しないのかと思っている」というのは誤解です。法学のサークルでも、いつも必ず誤解された(まま最後まで理解してもらえなかった)ところなのですが。
僕が問題視しているのは「犯罪を犯そうとした意志を持つ人間が実際に犯罪を実行したのに、それをなぜ罰しないのか」ということです。
実際に犯罪を行っているけれども、頭が悪かったために実現可能性が無い方法をとってしまった。つまり、主観的な構成要件は成立していて、実際に行動を起こしていて、ただ、絶対に犯罪結果が成就しない。それを罰しないのはなぜなのか?ということ。
これは「実行行為はあるけれども実行行為としてみない」のであって、「犯罪の実行行為が無い」というのは間違っているのだけれど、なぜかそういうふうに疑問を持つ人が居ないのですわ。

で。
不能犯の場合に本当に問題になるのは、「言い掛かり」の問題のはずで、有名な例では方武井は全く違うけれども長屋王事件が奈良時代にあります。現代社会で現代法理論の下においても、確かに同様のことは起こる。けれどもそれは裁判の現場での事実認定の問題であって、実際にドイツでは迷信犯以外は不能犯には該当しないわけです。ドイツでは不能犯にならないのに日本では不能犯にならない理由を、ドイツでは純粋な行為無価値を取っているけれども日本では本当は結果無価値に属する行為無価値をとっているからと友人は説明していたのですが、それならそれで「それはなぜ?」「それって正しいの?」とやっぱりなる。
不能犯の概念、僕は政権側が「今コーヒーに砂糖を3杯入れたのは糖尿病患者と知っていて殺そうとしたのだろう」と言い掛かりをつけて野党議員を逮捕する、なんてのを防ぐためのものだと考えています。それか、単純に裁判官が刑事訴訟での無罪言い渡しに自信が無いか。そうでなければ、理由無く「結果の実現性が無いものは実行行為としてみない」というのは強引だと思うのです。
もし、単純に「裁判官って、無罪の言い渡しをするの自信が無いものなんだわ」ってことで不能犯の概念が存在するのだとしたら、犯罪者を無駄に無罪にしていると言うことだと思うのですが、いかがでしょうか?
Posted by ベドウィン・ピエロ at 2008年10月10日 16:01
ふと思ったのですが、迷信犯のところで長屋王の例を出しましたが、別の人と間違っているかもしれません。長屋王の場合には讒言があったのですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B1%8B%E7%8E%8B%E3%81%AE%E5%A4%89#.E9.95.B7.E5.B1.8B.E7.8E.8B.E3.81.AE.E5.A4.89
ただ、日本か中国かいずれかで呪詛を名目とした政敵排除が行われた事件があったと記憶しております。(探し出せませんでした。ごめんなさい。)長屋王ではないとしても、まぁ、話の本筋からはずれないってことでご勘弁を。
Posted by ベドウィン・ピエロ at 2008年10月11日 19:04
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