2009年07月20日

「友愛」で政策は充分に見えてくる(1)

皆様、お久しぶりです。
全然パソコンに触れない環境に居て、全然日記を書けない状況になっております。いつも日記にコメントを頂く皆様、申し訳ありません。
今日も久々に日記を書くことになりますが、おそらくコメントを頂いてもレスをつけさせていただくのがかなり先になってしまうかと思います。重ね重ね申し訳ありません(と先に謝罪してしまっておきます)。


さて、本題です。
ここ最近、政治家の鳩山兄弟が、2人とも「友愛」という概念を振り回しております。対する周囲の反応は「友愛では政策が見えない」と冷ややかなもの。
ただ、大学時代、「国際統合による民族紛争の解決」をメインテーマに据えた結果、「友愛」の概念をサブテーマの1つに置くことになった人間としては、「友愛の概念では政策が見えない、というのはタダの勉強不足」と言わざるを得ず、また、「中途半端な政治家が不勉強なまま中途半端に友愛の概念を振りかざすことによって、友愛の概念が誤解されないか?」が大変心配になるところです。

政治を取り巻く種々のイデオロギーの中で、「右」とか「左」とかいう分類がされることがよくあります。「自由」と「平等」とは政治に関わるイデオロギーの中では、重要な思想なのです。が、この2つは、実は極端に追求してしまうと社会を分解してしまう作用があります。なぜか。それは、追及する最中に被害者が出てしまうからです。自由放任主義は餓死する貧民と犯罪被害者を生み出すことになるし、結果の平等を追求すれば共産主義に行き着いて他人より努力した分を収奪される人々が生まれてしまう。
さてここで、フランス国旗(三色旗:トリコロール)ではもう1つの概念を抱え込んでいます。それが「友愛」です。革命の旗印が自由と平等だけでは革命は成功せず友愛の概念を持ち出さなくてはならない、そう考えた先人の知恵は素晴らしいと思います。社会が結合するために必要になるのが、この友愛の感覚だからです。
人は、社会に生きていて、社会無しでは生きていけない以上、社会が欠どうするためのイデオロギーが必要なのです。


では、友愛が政策に結びつくとき、どうなるか? それは、
1)修正資本主義
 1−a)修正資本主義としての保守主義
 1−b)リベラル
2)修正社会主義(社会民主主義)
といった概念です。
(ちなみに、「なぜ共産党は他の政党と共闘を組みにくいのか?」の謎はこの物差しで解けます。)
友愛は「他人のことを自分のことのように大事に思える感覚」であると考えることが出来ます。これを政策に結びつける枠組みとしては、政治学・法哲学・哲学の勉強をした方なら、真っ先にロールズの「無知のヴェール」(自分が社会の中のどのようなポジションに居るのかは知らない状況だとして、満足が行くような政策を選んでいくべきである、とい趣旨の考え方(あまりにも大雑把な説明かとは思いますが…))を思い浮かべることでしょう。
実は、鳩山兄弟に対するマスコミの反応を見て、僕自身、「友愛の概念が政治の行動原理になった場合に、具体的にはどんな政策になるんだろうか?」と2週間考えてみたときに浮かんだのはロールズくらいでした。だから、最初は単純にいわゆるリベラルが友愛の概念にかなう政策方針だと思い込んでおりました。
が、更にあと2つ関わってくることが見えてきました。



長くなったので一旦筆を置きます。
posted by ベドウィン・ピエロ at 00:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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